
(前編のつづきです…)
「あっ!あそこ、ほら、みて!」と、突然一人が叫んだ。
「ええっ、どこー?」
全員一斉に指さす海の方を見る。
海面にザバっと背ビレが見える。
その瞬間、自分でも押さえられない感情がわき上がってきた。
普段は理性という感覚で押さえ込んでいる感情が、
そのまま頭の上を突き抜けていき、
知らないうちに大声で叫んでいる自分がいた。
「イルカですよ!はい!みんなで拍手〜!」とスタッフが言う。
すると、乗組員全員で歓声をあげる。
「わー!!」
「きゃー!!」
イルカは、子供の声や女性の声がとても好きらしい。
遊び心が旺盛で、陽気で楽しい雰囲気が大好きなのだ。
スタッフの一人が、「それじゃ、みんな用意して!」と叫ぶ。
ボクたちは、興奮と嬉しさで、
はやる気持ちを抑えながら3点セットを付けた。
「レディー」の合図で、みんなはボートの脇に潜水準備体制をとる。
「ゴー!!」のかけ声と共に、一斉に素早く、静かに海に潜り込んだ。
初めて泳ぐ外海に恐怖する暇もなく、水中で左右を向いて彼らを探す。
3匹ほどの群れが、ゆっくりと海底を泳いでいる。
そのうちの1頭が我々に気づいて、
「遊ぼうぜ!」という感じで、スゥーっと近づいてきた。
ボクは無我夢中で、水中に潜っていった。
そしてイルカのマネをして、体を回転させながら
水面に浮かんでくる時、目の前をイルカが通り過ぎた!
イルカたちが会話をする時に使う鳴き声というのか、
額にあるメロン器官から発するエコーロケーションの音が、
キューイ、キュイ、ピュイーンと音を発している。
水中は空気中よりも、音が伝わりやすいと聞いていたけど、
本当にそのかん高い音が、耳と言うより、体全体に響くような
かたちで伝わってくるんだ。
底の方から見定めて、ゆっくりとこちらに近づいて来ては、
白いおなかを見せて「くるり」とひと回り。
そして、みんなとしばらく一緒に泳いでは、
またスーッと底のほうにに去っていく。
追いかけようとして、必死に泳いでも、全然向こうの方が早い。
がんばってみても、やっぱり彼らにはかなわないし、
こちらがあせっていると、イルカの方が相手にしてくれない。
彼らはどうやら好奇心旺盛で、人間と泳ぐのが楽しいらしい。
要はこちらがどれだけ心を開放し、楽しく遊ぼうとしているかが
大切なんだと思った。
だからこちらも、一人で水中をくるくる回って楽しそうにしていれば、
イルカはスーッとそばに寄って来て、同じようにくるんと回る。
気まぐれなイルカたちがどんどん先に行ってしまい、
ボクたちが追いかけても追いつけない状況になると、
みんなはいったんボートに戻って、またイルカのそばまで行き、
もう一度「レディー&ゴー」となる。
何度か、そのようなセッションを繰り返した。
今まで感じたこともない不思議な感覚を受けながら、近くで遠くで、
とても楽しそうに、優雅に泳いでいるイルカたちを見つめていた。
外洋の海は、なんとも言えない深い深いコバルト色のブルーで
染められている。
でも、水中に潜ると、遠くまで見えるくらい水が透き通っていて、
水面からの太陽の日差しが、何本もの光の矢羽になって、
まるで鏡のように、逆さまに光を映しだすようにきらめいている。
水中は、イルカの発する音でとてもにぎやかだ。
それにしても、イルカの泳ぐ姿って、ほんとうに美しい。
彼らと泳いでいることに夢中で気づかなかったのだけど、
いつの間にか相当深いところまで潜水している自分がいた。
普通は、どんなにがんばっても、ある程度の限界と恐怖心で
水面に上がってきてしまうのに、
イルカと無我夢中で遊んでいる時は、
どうやら自分の意識のなかでの限定が解除されているらしい。
まあ、もっともイルカと一緒じゃなければ、とてもこのような外洋で、
海底がはるかに遠くにあるようなところで、泳ぐ気にはなれないだろう。
頭では何も考えず、体全体でただ感じるものだけを感じながら、
イルカと一緒に遊ぶという事は、
なんて素敵で、不思議で、幸せなことだろう!
少し手を伸ばせば届きそうなすぐ近くを、
見事な泳ぎで自由自在に通り過ぎていくイルカたち。
その優しいまなざしの中に、高度な知性をボクは感じることができた。
実際彼らを見てると、ほんとうにそのように思ってしまうんだ。
ただ、イルカの目はほとんど見えないらしい。
おそらくイルカやクジラは、エコーロケーションシステムで、
ボクらの心の波動を読みとり、ボクたちが何を考え、
何を感じているのかすら分かってしまうのだと思う。
心を開いて、楽しい思いの人にはスーッと近づいてくるし、
怖がっていたり、心を開いていない者には、遠くで見ていたり、
相手にしなかったりして近づかない。
彼らは我々人間が感じ取っているものとは別の感覚で、
この世界をモニターしているのだろう。
一緒に泳いでみて、それが本当によくわかった。
だた、ボクは別に、イルカをいたずらに神聖視したり、
我々と違ったその能力に魅力を感じているわけではないし、
イルカやクジラを、声高らかに自然環境保護の
代名詞のように言うつもりはない。
そして科学技術や文明そのものを否定して、
単に原始帰りを提唱するような、
単純な文明批判論を肯定するものでもない。
でも、地球は一つの大きな意志を持った生命体である
という説(ガイア説)があるけれど、
なんとなくボク自身は幼い頃からそのように感じていた。
地球の心はとても広くて大きいから、
あらゆる生物をその中で生かし、
育んでくれている存在なんだと思う。
だから言わば、ボクらは全て、
母なる地球の子供達であり、
同じ母から生まれた兄弟なんだと思っている。
だから環境問題とか、自然破壊の問題とかを、
都会の机の上であれこれ議論しているよりも、
一度小笠原で野生のイルカと一緒に泳ぐほうが、
頭ではなく身に染みてその大切さが解るような気がする。
感動したことは他にもある。
一緒にボートに乗っていた人達の、
イルカと泳ぎ終わってから戻った時の表情だ。
皆おそらくは、今までの人生で一番いい笑顔を
見せていたのではないかと思われるような、
なんともいえない屈託のない顔をしている。
中には50才ぐらいであろう男性が、
まるで幼い子供のようにはしゃぎながら、
笑顔でボートに上がってくる。
今世界各地で、イルカの不思議な力によって
心を癒されたという人たちが、数多くなってきている。
特に子供達の幼少時に受けた虐待の心の傷に対して、
イルカのセラピーは効果があるという。
ボクには詳しいことは判らないけれど、
そのような不思議な能力がイルカにあるということが、
なんとなく体験的にわかったような気がした。
だって、この美しい海の中でイルカと泳いでいると、
本来は限りなく素直で、また優しい人間でありうる
本当の自分が分かってしまうんだ。
このすばらしい大自然と生き物たちの前で、
ボクたち人間は、いったいどれだけ謙虚になれるだろうか…
「海は優しい宇宙空間のゆりかごだ」
と誰かが言っていた。
その宇宙のゆりかごの中で、恐れも疲れも超えてイルカと泳ぐ。
何の契約も主従関係もなく、今ここで共に戯れることの、
かけがえのない素晴らしさ、美しさ!
そしてボクは、この自然とイルカたちとの言葉を越えた会話が、
実は本来の自分との会話であることを知った。
大自然はこの生き物を通して、我々に何を教えようとしているのだろう。
自由、明るさ、屈託なさ、軽やかさ、好奇心、遊び心、優しさ、素直さ、
愛らしさ、幼子のような心…
人間にその大切さを教えるために、
イルカはこの地球上に生まれたのかも知れない。
イルカと出会い、自分と出会う…
ボクたちに、一時の不思議な癒しと感動を与えて、
彼らはまた、何事もなかったかのように、
風のように悠々と遠くにいってしまった…
波は穏やかにうねり、空はどこまでも青く澄んでいる。
小笠原の透き通るほどの深いコバルトブルーの海で、
イルカの背ビレだけが、キラキラと遠くできらめいている。
それは時間のない時間。
自分じゃないもう一人の真実の自分。
ボクはその時、自分でも無意識のうちに、
大自然の一大芸術を創り給うた神に、祈りを捧げていた…
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